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vol.01 しあわせの贈り物[ハービー・山口さん]

vol.01 しあわせの贈り物「モノクロは、究極のカラー写真だと思う」(ハービー・山口さん)

TALK TO YOU 索引

  • [01 PAGE]写真、その魅力をさぐる
  • [02 PAGE]ターニングポイント
  • [03 PAGE]撮り方アドバイス&身近なこと
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[02 PAGE]ターニングポイント

このひとは、どんな道程を経て、写真家としての今日のスタンスを築いて来たのだろう?ハービー・山口さんの転機や節目について、たずねてみました。

カメラとフルート

僕は中学2年のときに写真部に入りました。同じ頃、ブラスバンドでフルートを吹いていたので、今思えば、写真と音楽という出会いがこのときにあったんですね。

当時の僕は、生後まもなくかかった腰椎カリエスで、毎日重いコルセットを着けて生活していました。小学校ではいじめられ、先生は冷たく、いつも仲間はずれだったんです。

写真を撮り始めて、人がやさしくなる写真、心が清らかになり人間を好きになるような写真を撮りたいと強く思うようになりました。

ハービー・山口さんの作品(1)

美しい瞳

20歳の頃、近所の公園でバレーボールをして遊んでいる女の子たちの写真を撮っていたら、ボールがこちらに飛んできて当たりそうになったんです。

そのときボールを追いかけてきた女の子の瞳に、「ごめんなさい」とこちらを気づかうやさしさと慈しみ、人間としての美しさのすべてが凝縮していた。

「僕は、この目の表情を一生撮り続けたい」そう強く思ったのです。ちょうどコルセットも外れていった時期。

これからは、大学時代のバンド仲間での愛称、ハービー・山口として、明るくポジティブな人生を歩んでいこうと心に決めました。僕の大きな転機でした。

ハービー・山口さん

ロンドン時代/1973〜1983年頃 “Be Punk!”

新しい自分を見つけたいと、ロンドンへ渡ったのは1973年、23歳のときでした。いろんな人がいろんな風に思い思いのスタイルで生きている。この街でそんな解放感を感じたのを覚えています。

一番大きな出来事はパンクムーヴメントの出現に立ち会えたこと。ある日、地下鉄の中でパンクロックバンド「ザ・クラッシュ」のジョー・ストラマーを見かけたんです。写真を撮ろうか躊躇して、おそるおそる「撮ってもいいですか?」と聞いたら、意外にも彼はニコッと笑って「撮りたいものはみんな撮ればいい、それがパンクだよ」と答え、カメラの前に立ち止まってくれた。

“Be Punk!”

その後の僕の写真家としての思想は、この時のこの言葉に決定づけられたと思っています。ためらったり、引っ込み思案になる必要はない。前向きにやっていこう。今も大切にしている言葉です。

作品を手にするハービー・山口さん

ハービー・山口さんの作品(2)

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